人の言葉に疲れたときに思い出してほしい、たった一つの捉え方

こんにちは。
毛利まさるです。

言葉ひとつで、心が削られていないでしょうか

仕事をしていると、ふとした一言に心がざわつく場面があります。

「なんて失礼な言い方なんだ」
「なぜそんな言葉を選ぶのだろう」

あなたはそんなふうに感じる場面が増えていたのではないでしょうか?

その結果、相手の言葉が頭から離れず、本来集中すべき仕事に身が入らなかった、そんな時間を過ごしていたと思います。

しかし、ここで一度立ち止まって考えてみてください。
その怒りや違和感は、本当に“相手そのもの”に向いているのでしょうか。

小学生の言葉に、腹が立たない理由

たとえば、小学生にからかわれたり、少し乱暴な言葉を投げかけられたりしても、大人は本気で腹を立てません。
それは、その子が「言葉の使い方をまだ知らない」と理解しているからです。

つまり、こちらの心は最初から守られています。

同じ言葉を大人が使うと腹が立つのに、子どもだと気にならない。
それは、相手の年齢や立場、見た目や風貌で、無意識にフィルターをかけているからです。

それは相手の問題であるものの、心を消耗するかどうかは、こちらの“捉え方”に委ねられています。

失礼な言葉遣い=人格、ではない

ここで一つ、大切な視点があります。

失礼な言葉遣いの人がいた場合、「この人は言葉を知らない人なんだ」と捉えてみてください。

それだけです。

相手を見下す必要も、許す必要もありません。
ただ、事実として「知らない」という位置づけに戻すのです。

そうすると、相手の言葉は“攻撃”ではなく、“未整理な音”になります。
意味を持たせる必要がなくなるため、心の中に留める理由もなくなります。

逆に言うと、相手の言葉を「自分への評価」だと受け取ってしまう限り、あなたの心は相手の振る舞い次第で簡単に揺さぶられ続けることになりえないのです。

フィルターを外すと、仕事の景色が変わる

営業の現場では、言葉遣いが洗練されていない人、感情をそのまま言葉にしてしまう人にも出会います。
しかし、そのたびに心を揺らしていては、どれだけ行動を重ねても前に進めません。

相手を理解しようとしても、言葉に引っ張られてしまうため、本質が見えなくなるからです。

それは、あなたの受け止め方が真面目すぎるだけです。
ですので、失礼な言葉に出会ったときほど、こう考えてください。

「この人は、言葉の選び方を学ぶ機会がなかったのだ」と。
その瞬間、感情は静まり、視点は仕事に戻ります。

結果として、あなたの行動の質は下がらず、評価される場面は確実に増えていきます。

心を守ることは、逃げではない

人の言葉を真正面から受け止め続けることは、美徳のように見えます。

しかし、心を削ってまで耐える必要はありません。
あなたが守るべきなのは、感情ではなく、未来です。

相手がどんな言葉を使おうと、あなたの価値が下がることはありません。
それを決めているのは、あなた自身だからです。

ですので、失礼な言葉に出会っても、自分を責める必要はないのです。
ただ、視点を一段引き上げればいいだけです。

その小さな切り替えが、明日も前に進むための静かな力になります。