なぜ問題提起は愚痴で終わるのか

こんにちは。
毛利まさるです。

問題提起をしているのに、なぜ何も変わらないのか

あなたは会議や日常の中で、
「ここが非効率だ」「この仕組みはおかしい」
そんな問題提起をしてきた側だったのではないでしょうか?

現場をよく見ているからこそ気づく違和感。
誰よりも考えているからこそ出てくる指摘。
それ自体は、決して悪いことではありません。

しかし、その結果、
「結局何も変わらなかった」
「むしろ面倒な人だと思われた」
そんな経験もあったと思います。

それは能力不足ではありません。
それは勇気が足りなかったわけでもありません。

それは、問題提起の“先”が示されていなかったからです。

問題提起だけでは、人は動かない

なぜ問題提起だけでは評価されにくいのでしょうか。

それは、聞く側の頭の中に
「じゃあ、誰がどうするの?」
という問いだけが残ってしまうからです。

正論であるものの、解決への道筋が見えない話は、受け取る側にとっては負担になります。

おわかりでしょうか?

問題提起とは「入口」にすぎません。
そこから一歩も進まなければ、それは議論ではなく、感情の放出に見えてしまうのです。

評価される人は「自分の一歩」をセットで語る

ここで大切なのは、完璧な解決策を出すことではありません。

「自分にできることは、ここまでです」
「この範囲なら、まず動けます」

そうやって自分の行動半径を明確にすることです。

たとえ小さくても、たとえ全体最適でなくても、「自分はここを担う」という姿勢があるだけで、話の質は一気に変わります。

逆に言うと、どれだけ鋭い指摘をしても、自分が一切動く気がないように見えた瞬間、その発言は“愚痴”になりえないのです。

成果が出ない時ほど、視線は外に向きやすい

数字が出ない。
評価が上がらない。
将来が見えない。

そんな状態でも前向きでいようとしても、つい「環境」「上司」「仕組み」に意識が向いてしまいます。

それは自然なことです。
しかし、環境を嘆いても環境は変わりません。

仕組みを批判しても、仕組みは勝手には動きません。
ですので必要なのです。
「この状況で、自分は何を引き受けるのか」という問いを、自分自身に向けることが。

自分にできることを決めた瞬間、景色は変わる

すべてを背負う必要はありません。

全部解決しようとしなくていい。しかし、
「ここまではやる」
「ここは逃げない」
そう決めた人の言葉には、重みが宿ります。

しかし、それを語るなら、自分の一歩とセットで語るため、あなたの言葉は初めて前に進む力を持ちます。

そして不思議なことに、その姿勢こそが、周囲からの信頼や評価を少しずつ変えていくのです。

問題提起だけでは、何も始まりません。
しかし、「自分になにができるのか」を考えた瞬間から、状況は静かに、確実に動き出します。

次に口を開くとき、ぜひ一言だけ付け加えてみてください。

「まず、ここは自分がやります」

その一言が、あなた自身の立ち位置を変えていくはずです。