
こんにちは。
毛利まさるです。
アリとキリギリスは、本当に「善」と「悪」なのか
よく知られている「アリとキリギリス」の物語では、将来に備えたアリが正しく、今を楽しんだキリギリスは愚かだと描かれます。
しかし、現実の人生はそこまで単純ではありません。
心理学には「マシュマロテスト」という有名な研究があります。
目の前の欲求を我慢できる人ほど、将来的に良い成果を得やすいという結果が示されています。
それは確かに一つのエビデンスです。
しかし、それは「全員がアリになるべきだ」という結論ではありません。
それは短期的な快楽を否定する話ではないからです。
それは、自分がどこに向かいたいのかを自覚しているかどうか、ただそれだけの話なのです。
なぜ、今の選択に迷うのか
それは、自分の時間軸が曖昧だからです。
今日の評価と、10年後の自分が混線している。
だから、今の一歩に迷いが生じます。
それは「何を選べば正しいか」ではなく、「どこに向かう前提で選んでいるか」が決まっていないからです。
ですので、アリのように努力しても納得できず、キリギリスのように息抜きをしても罪悪感が残るのです。
納得できる選択とは何か
大切なのは、「正解」を選ぶことではありません。
自分が納得できる選択をすることです。
将来の自分が振り返ったときに、
「あのとき、ちゃんと考えて選んだ」と言えるかどうか。
それだけなのです。
10年後、20年後の自分を想像してみてください。
その未来に近づくために、今はアリでいたほうがいいのか。
それとも、今はキリギリスでエネルギーを蓄える時期なのか。
どちらを選んでも構いません。
しかし、無自覚に流されることだけは避けたほうがいい。
なぜなら、流されて選んだ行動は、結果が出なかったときに必ず後悔に変わるからです。
努力が報われないと感じる正体
「こんなに頑張っているのに」
そう思うときほど、一度立ち止まってほしいのです。
努力そのものが間違っているのではありません。
しかし、向かう方向を確認しないまま努力しても、報われないと感じるためです。
逆に言うと、方向が定まっていれば、成果が出る前段階であっても、不安にはなりえないのです。
行動してもすぐ結果が出ないのは当たり前です。
耐えても評価されない時期は誰にでもあります。
しかし、自分で選んだ道であれば、その時間は「意味のある準備期間」に変わります。
アリであることも、キリギリスであることも、どちらが優れているわけではありません。
重要なのは、「今の自分は、どちらを選んでいるのか」を理解していることです。
短期的に楽しんでも、長期のために耐えても、その選択が自分の未来につながっているなら、それでいい。
他人の基準ではなく、自分の時間軸で選ぶこと。
それができた瞬間、迷いは静かに消えていきます。
そして、今の一歩に、少しだけ自信が持てるようになるはずです。





