
こんにちは。
毛利まさるです。
質問ができない経験はありませんか?
誰かにアドバイスをもらおうと思い、「何でも質問してください」と言われたであるものの、
いざその場になると、何を聞けばいいのか分からなくなる。
そんな経験はありませんか?
その結果、
「せっかく時間を取ってもらったのに、あまり深い話ができなかった」
「自分は理解力が足りないのではないか」
そんなふうに感じてしまった方もいると思います。
しかし、それは決してあなたの能力や姿勢の問題ではありません。
それは「質問ができる状態」に、まだ課題が落ちていなかっただけなのです。
質問ができるということの正体
質問ができるというのは、実はとても高度な状態です。
なぜなら、質問とは
「これは自分にとって課題である」
と自分自身が気づいていることに対してしか生まれないからです。
逆に言うと、自分では問題だと認識できていない部分については、そもそも質問という形になりません。
つまり、「質問が出ない」という状態は、理解が浅いからでも、準備不足だからでもなく、課題がまだ“表面化していない”だけなのです。
本当に直した方がいいものほど見えない
実は、改善した方がいい点の中には、自分では気づけないものが必ず存在します。
それは知識不足ではなく、その人の「癖」になっている部分です。
話し方のテンポ、
考え方の前提、
無意識の判断基準。
これらは長年使い続けているため、本人にとっては「当たり前」になっています。
当たり前であるものの、第三者から見ると改善余地がはっきり見える。
しかし、本人には見えない。
おわかりでしょうか?
癖とは、意識の外側にあるため、自分一人では修正しようがないのです。
なぜ「遠慮なく言ってください」が大切なのか
もし、その癖を本気で直したいと思うのであれば、
少し勇気のいる一言が必要になります。
それが、「遠慮なくアドバイスをください」という姿勢です。
耳が痛い話を聞くのは、誰でもつらい。
しかし、そこで防御してしまうと、見えない課題は永遠に見えないままになります。
逆に言うと、第三者の視点を受け入れる覚悟を持った瞬間、自分では到達できなかった改善点に光が当たるのです。
これは自分を否定する行為ではありません。
より自分らしく、より自然に力を発揮するための調整です。
質問できない自分を責めなくていい
質問が出ない自分を、
「意識が低い」「理解が足りない」
と責める必要はありません。
質問できないという状態は、むしろ「まだ伸び代が隠れている」サインです。
表面的な課題に気づけるようになったら質問が生まれ、癖の領域に踏み込めば、他者の言葉が必要になる。
それだけの話なのです。
ですので、質問できない時間があっても大丈夫。
その代わり、第三者の視点を借りる扉だけは閉じないでください。





