
こんにちは。
毛利まさるです。
独りよがりの正義
会議や職場で、誰かの提案に対して「あれがダメだ」「ここも甘い」と指摘が続く場面を見たことはありませんか。
その人は真剣で、どこか誇らしげにすら見えることがあります。
本人の中では、「組織を守っている」「間違いを正している」という感覚があるのでしょう。
しかし、その正義感が、いつの間にか“独りよがり”になってしまうことがあります。
批判そのものが悪いわけではありません。
問題は、それがどこに向かっているかです。
正義は、ときに人を攻撃する
「それでは通らない」「前例がない」「リスクが高い」。
こうした言葉は、一見もっともらしく聞こえます。
確かに組織にはリスク管理が必要ですし、甘い見通しは危険です。
しかし、ダメ出しだけが続くと、空気は徐々に重くなります。
提案した人は萎縮し、周囲は発言を控え始めます。
結果として、会議は“間違いを探す場”になり、新しい挑戦は生まれにくくなります。
本人は正義のつもりでも、周囲から見ると「攻撃している人」に映ることがあるのです。
狭い正義と広い正義
正義には二種類あると私は思います。
一つは「誤りを指摘する正義」。
もう一つは「全体を良くする正義」です。
前者は比較的簡単です。
粗を探せば、どんな案にも欠点は見つかります。
しかし後者は簡単ではありません。
なぜなら、ダメな部分を認めたうえで、「ではどう補うか」「どう修正すれば前に進めるか」を考えなければならないからです。
ここに知恵と責任が伴います。
批判は瞬間的な力を持ちますけど、建設的な提案には覚悟が必要です。
正義の裏にあるもの
時に、批判が増える背景には「自分の存在価値を示したい」という無意識の思いが隠れていることがあります。
鋭い指摘をすれば、場を支配できます。
自分が正しい立場に立てば、安心できます。
しかし、その安心は長続きしません。
なぜなら、攻撃で築いた立場は、次の攻撃で揺らぐからです。
正しさだけで人はついてこないのです。
本当に強い人の姿勢
本当に正義感がある人は、批判で終わりません。
「ここは弱い。だからこう補おう」と続けます。
問題点を共有し、解決策を差し出す。
その姿勢は、相手を追い詰めるのではなく、支えます。
たとえ厳しい指摘であっても、「一緒に良くしよう」というメッセージがあれば、受け取る側の感じ方は大きく変わります。
そこに初めて、信頼が生まれます。
正義を広げるという選択
もしあなたが正義感の強い人なら、それは素晴らしい資質です。
組織にとって、誤りに気づける人は貴重です。
だからこそ、その力を「攻撃」ではなく「改善」に使ってほしいのです。
ダメな部分を挙げるだけで終わるのか。
それとも、「どうすれば良くなるか」まで踏み込むのか。
この差が、周囲からの評価を大きく分けます。
正義は、振りかざすものではありません。
育てるものです。





